日本で昭和初期に考案されたチャート分析手法。基準線、転換線、先行スパン1、先行スパン2、遅行スパンの5つを使って作成する。いろいろな読み方ができるが、たとえば基準線を転換線が下から上へ抜けると買い、上から下へ抜けると売りになる。 セミナーの広大な児島湾干拓地に穀倉地帯を控える当市は米の生産量が8,900tにのぼり岡山県全体の四分の一を占める。品種は「朝日米」が多く、一部では酒米の「雄町米」も栽培している。その他では「蓮根」、「茄子」やビールの原料となる「二条大麦」などの栽培も行われている。かつて、冬期には「イグサ」栽培の一大産地であったが、現在は僅かになっている。 また、日照時間が長い県南の平野部は生花の生産が盛んなところでもある。岡山市内でも「スイートピー」、「デンドロビウム」、「ラークスパー」などが栽培され全国各地に出荷されている。 監視カメラの高原・丘陵地帯では、果物の栽培が盛んであり全国的にもブランド力のある品目を多く抱えており岡山市の一大産業となっている。「桃(白桃、清水白桃、黄金桃等)」や「葡萄(マスカット、ピオーネなど)」がその主なブランド品目である。全国的にも岡山のマスカットやピオーネの消費者向けの訴求力は高い。このようなことからも岡山のイメージカラーがマスカットグリーンになっている。また、乳牛を中心とした畜産も盛んであり、くわえて「椎茸」や全国でも珍しい「黄ニラ」の栽培が行われている。これらの農業はいずれも高い技術を背景に高品質な商品を生み、単なる都市周辺農業の域を超えて、全国的な商品となっていることがひとつの特徴であり、これが高い教育技術に裏打ちされた岡山の農業の特色となっている。 製造品出荷額は8,200億円と岡山県全体の約10%を占め、機械・化学・食品・印刷などの業種が中心である。 臨海部の児島湾は旭川や吉井川等の一級河川から流出する土砂の堆積により水深が浅く、一万t級の船舶が航行可能な航路を整備することが困難なため重化学工業地帯は形成されていない。そのため、岡南工業地帯にクラレ・DOWAホールディングス・西日本ダイケンプロダクツ等、旭川東岸の新岡南地区と九蟠地区にはセイレイ工業(ヤンマー)、積水化学(セキスイツーユーホーム)や永谷園など全体的に軽工業系の工場が多い。 粗大ゴミから、内陸部の工業団地開発に力を入れており、市内近郊の久米、東岡山や新岡南などに鉄工、鋳物などに中規模の内陸工業団地が多い。また、「岡山リサーチパーク」や「西大寺新産業ゾーン企業団地」などに研究や物流に重点を置いた事業所の誘致を進めている。最近では2005年に御津町との合併によりカバヤ本社工場と4つの工業団地、2007年には瀬戸町のキリンビール岡山工場等が加わった。 岡山都市圏の中心都市で県内では圧倒的な集客力があり、代表的な商業地としては表町と岡山駅周辺があげられる。近年の都心商業地の流れとしては、アーケードの商店街から主要施設を結ぶ道路沿いに移行し、分散傾向にあったが、岡山駅周辺の再開発や商業施設進出が相次ぎ、近年急速に都心回帰が起っている。 脱毛の新規出店等は昭和50年代から平成初頭までは郊外が中心となり、都心部は停滞傾向であった。その後、地価下落による割安感から都心回帰へと流れが変わると、1998年(平成10年)JTが市役所筋の工場跡に建設したイトーヨーカドーとジョイポリスの複合施設「ジョイフルタウン岡山」がその先駆けとなった。また、高層マンションの建設も相次ぎ、都心部の居住人口が増加傾向に転じたことも後押しになり、飲食店や雑貨、衣類などの路面店も市街地の好立地への出店が活発になっている。 2009年4月の政令指定都市移行を控え、70万都市、都市圏人口150万の岡山は地方でも有数の規模、成長性と残された数少ない出店余地を持つだけに今後岡山進出をうかがう大手資本の出現も予想され、中四国における重要性が増している。また、山陽新幹線や瀬戸大橋をはじめとする鉄道や高速道路が集中する交通の要衝にあるため物流関連の事業者は多く進出しており、倉庫面積は中国・四国地方で最大規模となっているなど、中継地としての機能が高まっている。 表町岡山の一大商業集積地。旧城下町近くに発展した商業地である。駅前からは徒歩でも行ける範囲であるが、バスや路面電車もある。市内バス経路の多くが天満屋バスステーションを経由した後に駅前に向かうことから、必然的に買い物客が集中する構造である。周辺には中国銀行の本店や県庁なども控え、表町商店街中央部には地元最大の百貨店である天満屋本店及び表町に人を寄せる交通拠点となる天満屋バスステーションがあり、複数の商業店舗が集積して表町を形成している。後楽園や天神地区等の県外からの観光者向けの観光ゾーンにも隣接しており、各種ホテルも集積しているが、風致地区としての厳しい審査もあり、夜早いうちに灯りが消えてしまう面が都市としての魅力を失わせている面は今後改善が必要であろう。北端に岡山シンフォニーホール、南の西大寺町に三丁目劇場、東には旧日銀岡山支店跡を再生したルネスホールと岡山市民会館などの劇場・音楽ホールに囲まれるなど、文化的な色合いを強めている。また、表町商店街の東側の「オランダ東通り」が“裏通りから若者の街へ”と変貌している。近年の動きとしては1999年に中山下のNTT跡地にクレド岡山、さらにロフトを核テナントとする岡山ロッツ(旧:イズミ岡山店)等が開店している。駅前の再開発に近年やや押されており、今後、市の規制緩和も含めた夜間の街の活気を取り入れること等が今後の課題である。 包茎・新大阪〜岡山間開業を挟み、高島屋などの県外資本の大型店の出店や中四国初の本格的地下街である岡山一番街が開業し、市内中心部の商業地図を2極に塗り替えた比較的新しい地区である。 ここ数年は再開発が目覚しく、西口に岡山コンベンションセンターとリットシティビル、東口では岡山駅の橋上化による商業施設サンステーションテラス岡山、成通岡山ビル(旧岡山会館ビル)に大型家電量販店のビックカメラなどが相次いでオープン。既存の商業施設でも改装やテナントの入居・入替が活発に行われ、これらの商業施設の相乗効果により表町などへの波及も期待されている。 かつての吉備国の中心地域で、吉備分国後は備中国の国府がおかれ、国府が廃れた後も備中国の総社が今に残る。総社市総社地区は備中国総社宮の門前町・街道の宿場町・浅尾藩の陣屋町として栄え、総社宮を中心に町が構成されていたので通称「総社」と呼ばれていた(このころの正式な地区名は八部<ヤタベ>)。これが今日の総社という町の名の起源。 桃太郎伝説のモデルとされる吉備津彦命と鬼神・温羅(ウラ)の伝説が古来より残る。温羅の居城「鬼ノ城(きのじょう)」跡がある。 また、画聖・雪舟の生誕の地である。 トラック買取や大小多数の古墳など、遺跡・史跡が非常に多い。 旧総社市と旧都窪郡山手村・清音村、旧吉備郡真備町で総社圏域を構成。各地域の繋がりはとても深い。 総社・山手・清音は新設合併し新総社市となったが、真備は途中で町長の独断により離脱し倉敷に編入。しかし真備と総社の民間レベルの繋がりは今も根強い。ゴミ処理は今もこのエリアで行っている。 また、かつて同じ吉備郡だった岡山市足守・高松、加賀郡吉備中央町大和(旧上房郡賀陽町南部)とも繋がりは強い。 岡山駅東口の南に隣接する林原グループが同社の所有する土地をザ ハヤシバラシティとして1500億円の大規模再開発を計画中である。当初の一括開発から2段階開発に方針転換し、2010年前後に商業文化施設を中心に開業するとしており、2007年夏には子会社を外資企業に売却したが、その際、売却益は再開発資金にすると表明、今後の計画発表とその動向が注目されている。また隣接する日清製粉岡山工場の数年後の移転廃止が決まり、ハヤシバラがその跡地とどう連動していくのかも新たな注目の的になってきている。